「ほぼほぼ」と言う人は信用できない
今回はこんなお話
「ほぼほぼ」という言葉が嫌い(あくまで個人的に)
「ほぼほぼ」が嫌いな理由
「ほぼほぼ」を使ってはいけない理由
時代による言葉の変化は悪いことではない
近年「ほぼほぼ」という言葉をよく耳にするようになりましたね。
はい。結構な頻度で口にされる方も多いですね。
あくまで個人的な意見ですけど、この「ほぼほぼ」という言葉が嫌いなんですよね。
正直ちょっとイラっとしてしまいます。
気持ちはわからないでもないですが、言葉は時代と共に変化するものなので仕方ないのでは?
そうですね。 みーたむさんの言うとおり、時代による言葉の変化に対していちいち文句をつけているとキリがありません。
例えば、いわゆる「若者言葉」や「バイト敬語」などに違和感をおぼえたとしても、「間違った日本語だ!」などと目くじらを立てることに意味はありません。
もしかしたら、10年20年とたてば一般化しているかもしれませんし、一過性の流行ならばそのうち廃れていくでしょう。どちらにしても、何の害もない時流の一つに過ぎません。
そう考えているわたしでも「ほぼほぼ」だけは大嫌いです。「ほぼほぼ」を「仕事の場」で使われると心の底から嫌気が差します。その人の知性すら疑います。
なぜ「ほぼほぼ」を嫌うのか
そこまでわかっているのに、なぜそこまで「ほぼほぼ」を嫌うのですか?
いやね、「ほぼほぼ」ってどの程度「ほぼ」なんですか?
いや、それ以前に「ほぼ」というのも、どの程度の割合を指すのでしょう?
進捗を聞いたら「ほぼほぼできている」
仕事の現場において進捗の確認は、行程の完了割合と、行程の完了までに必要とする具体的な時間を把握し、管理・修正するためのものです。
わたしの狭い世界での体感で申し訳ないですが「ほぼほぼできている」と言う人は、大抵の場合ロクに仕事が進んでいません。というよりも、自分自身が行っている仕事の行程管理を意識していません。
自身の仕事に対して行程管理が出来ない人は、本人は頑張っているつもりで、非効率的な仕事をし、散々時間を無駄にしたあげくに、完了が遅れて周囲や取引先に迷惑をかけます。
たしかにそういう光景、珍しくもないですね。
そして、完了が間に合ったとしても、ギリギリ仕上げたやっつけ仕事になっていたり(笑)
ひきかえ有能な人は、自身の仕事の行程をしっかり管理しているので、計画的に仕事を進めます。
ですから、進捗を聞けば、何%できている、この行程までできている、あと○○時間(○○日)あれば完了予定。などと答えることができますよね。
取引内容を確認したら「ほぼほぼそんな感じです」
企業同士の取引のお話でも使う人はいます。
大切な話をしているのに「ほぼほぼ」ってどうなんだと…
そういう人は、給料を「ぼぼぼぼ△△△円」にすればいいと思います。
買い物をするときに値札に「ほぼほぼ×××××円」って書いてあったら安心して買えますか?って話ですよ。
仕事上、まして外部業者とのやりとりともなると、重要事項の確認、そしてここまでOK、ここからはNGといった線引きも正確にしなければいけない、そんな場面で「ほぼほぼ」なんて絶対使ったらいけない言葉でしょう?
知性だけではなく誠意も疑いますよ。
でも知性とか誠意よりも、適当におだてて持ち上げてなんでもハイハイ聞いて気に入られれば取引してもらえる風潮もあるでござるからなぁ……
特にバブル以上の世代のバカ社長に多いでござるな。商品や契約内容よりも相手を気に入るかどうかで決める、イエスマン大好き人間。
新人教育にも「ほぼほぼそんな感じだから」
新入社員はまず基本的なことを、言われたとおり、型どおりに処理できるようになってもらわなければいけませんよね。右も左もわからない状態の新卒はもちろん、たとえ経験者の中途採用だとしても、まずはそこからです。
そうですね。臨機応変な対応や、自分で考えて動けるようになるのは、その後の段階ですから。
そんな基礎作りの段階で「ほぼほぼ」などといういい加減な言葉を使って教育していたら、新入社員は細かいところがわからない、その結果また先輩社員に聞かなければいけない。
そして聞いたところで、またもやいい加減な教育をする。そして最終的に、新入社員はその場しのぎのいい加減な仕事をするようになります。
無能社員が新しい無能社員を作るわけですね。
「なるはや」も同様
ついでに付け加えるならば「なるはや」も仕事のできない人がよく使いませんか?
なるべくはやくって・・・その仕事を受け取った側にとっての「なるべく」なんて、3時間かもしれないし、3日かもしれない。
急ぎならばなおさら、具体的な納期・締め切りを示さなければいけないのに。受け取った側も行程管理ができませんし。
「なるはや」なんて、ただ「なるはや」って言いたくて言っているだけヤツばかりでござるよ。
下の立場の人間にエラそうに指示して動かすことに満足感を覚えるバカの類でござる。
具体性の無い指示で部下を振り回す無能上司の典型ですね。
「ほぼほぼ」は無能発見器
いまさら言うまでもありませんが、仕事の場では具体性・正確性が必要とされます。
ですから「ほぼほぼ」「なるはや」などという全くもって具体性のない言葉は、業務においては何の意味ももちません。
「ほぼほぼ」ではなく、具体的な進捗と完了までの予測時間を伝え、「なるはや」ではなく、具体的な締め切り日(時刻)を伝える、そうやってはじめて業務連絡は意味を持ちます。
まぁでも「ほぼほぼ」や「なるはや」が口癖レベルなほど大雑把でいい加減な性格でも、他の能力が突出して高い人も稀にいるでござるからなぁ…
たしかに「ほぼほぼ」や「なるはや」を使う人が全員無能というわけではなくて、最終的には適材適所ではありますよね。
しかし、そういう人は、自分の能力に任せて突っ走って、周りを振り回すタイプが多いのが悩ましいでござるな。
どちらにしろ、仕事絡みで「ほぼほぼ」を使う人を、わたしは全く信用しません。
有能な人だっているのは事実ですがね。でも信頼はできません。
10年20年と歳月がながれ、仮に「ほぼほぼ」という言葉が一般的に定着したとしても、少なくとも仕事の場で使うべきではない言葉だと思っています。
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今回のまとめ
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- 「ほぼほぼ」を使う人はたいてい無能
- 「なるはや」を使う人もたいてい無能
- 仕事では具体性・正確性が重要
- 今回の記事の中に一箇所だけ「ぼぼぼぼ」になっている箇所があります。気が付きましたか?
さて、今回は非常に個人的な意見を述べたわけですが、仕事の現場で実際に感じられている方も多いのではないでしょうか?
「ほぼほぼ」という言葉を使う人は、一つの作業をまともに完了させたことなどなく、実は他の人が裏で一生懸命フォローをしているなんて、よくある話すぎて笑い話にもなりません。
そういう人に限って、自分は忙しい、自分は有能、自分がいないと仕事が回らない、などと勘違いをしていることが多々あるというのは、非常に愉快なお話ですけどね。
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